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中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第5回
寄席の楽屋はどうなっているのか

2020.09.05

寄席もそのほかの落語会も開かれていなかった春のステイホームの時期、Youtubeにとつぜん「春風亭一之輔チャンネル」が開設された。ご自身がトリをとることになっていた上野鈴本演芸場4月下席(21~30日)の夜の部が休席になったので、代わりに10日間毎晩、YouTubeを通してライブの落語を配信したのだ。

会場は神保町・らくごカフェで無観客での収録だが、ライブ配信というのがいい。コロナ禍以外にも世間を騒がせた事件が次々に起きていた時期で、一之輔師匠らしくそんなこともマクラでちらりと触れている。無観客など関係ないと思えるほど、落語もいきいきとしていて、4夜目「千早ふる」など元ネタを忘れるほどの新鮮さだ。

10日目、つまり最終日、上野鈴本演芸場が収録のために会場を開けてくれることになり、本来の高座からの中継となった。その締めの一席は、上野の春の賑わいを描いた「花見の仇討」だったのもしゃれていた。

直後、「春風亭一之輔presents鈴本演芸場訪問」が配信された。誰もいない楽屋やお囃子部屋や高座の様子を一之輔師匠が案内するという内容だが、これが楽しい。

出番を待つ間、芸人さんは楽屋の中でどこに座るのか、どこに座ってはいけないのか、というような楽屋ルールの話題に始まり、お囃子部屋の様子や演奏の実演(三味線による「ゴジラ」のテーマが聞けます)。高座の落語家が座る場所の右手にヘコミがあり、これは戸を叩く音を出すために扇子の要でドンドンと音を出す、それが何十年も積み重なってできたヘコミだというのにも驚いた。

5月下席(21~30日)は、浅草演芸ホールでもトリをとることになっていたのだが、この「芝居」も休席だったので、同様に10日間連続生配信を実施。アーカイブには残っていないが、落語の前に漫才や紙切り、鳴き声物まね、音曲などの色物芸人が出てきて、ファンを喜ばせた。10日目は、浅草演芸ホールが会場を開けてくれたので、広い高座を使って鏡味仙三郎社中が太神楽曲芸を演じ、一之輔師匠は浅草の裏手にあった吉原を舞台にした「明烏」。

期待通りに「春風亭一之輔presents浅草演芸ホール」は前後編2回に分けて配信され、壁に貼られた昔の芸人さんたちの千社札や落書きの数々が映し出され、楽屋の様子や前座さんの仕事の紹介、お囃子部屋の紹介と演奏の実演(三味線による「白鳥の湖」が聞けます)、秘密の稽古部屋など、こちらも盛りだくさんのネタが詰まっていた。1階席、2階席をひと通り巡って、各席からの眺めなどもレポートされている。

上野にしても浅草にしても、誰もいない時期だったのでこれだけの映像が撮れたのだと思うが、それをきちんと編集して番組にまとめたことで、落語家のホームグラウンドである寄席という場所が、より魅力的に、そして身近に感じられた。数か月前のものではあるが、決して古びてはいないし、次に寄席に行く時に楽しみが増えそうな気がするので、ぜひ。

寄席の楽屋はどうなっているのか | 中村伸の寄席通信

上野鈴本演芸場の楽屋を紹介する一之輔師匠(春風亭一之輔チャンネルより)

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。