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中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第11回
上がったり化けたり

第三波がささやかれ、年末・年始に向けて先行きが見えにくくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。厄除けの願いを込めて、今回はおめでたい落語のネタの話をひとつ。

真打昇進や襲名などの披露興行では、縁起を担いだり福を呼び込むようなネタがよくかかります。披露興行に限らず、たとえば1日、11日、21日の興行初日などに行くと、そんなネタに当たることが少なくありません。

この秋、四代目三遊亭金馬師匠が金翁となり、ご子息の三遊亭金時師匠が五代目金馬を襲名しました。その披露興行が9月下席(21~30日)の上野鈴本演芸場を皮切りに行われ、私が行ったのは10月上席(1~10日)の新宿末廣亭の初日。序盤に出てきた三遊亭金也師匠は、四代目のお弟子さんで、五代目の弟弟子に当たるのですが、彼が高座にかけたネタが「一目上がり(ひとめあがり)」というネタ。ご存知の方も多いでしょうが、それはこんな噺です。

隠居の家にあった掛け軸、そこに書かれた文が「讃(さん)」だと知った八五郎。「それくらい覚えておくと、学があると尊敬されるぞ」と隠居に言われ、家主の家で掛け軸を見ながらその通りにやると「これは詩だ」、先生のところでは「これは一休禅師の悟(ご)だ」といわれてしまいます。「そうか、三、四、五と一目ずつ上がるのか」と思い、兄貴のところで「いい六ですね」とやると「七福神の宝船だ」、「古池やかわず飛込む水のをと」と書かれた軸を見て「けっこうな八だね」とやると、「馬鹿、これは芭蕉の句(く)だ」といわれてヘコむという滑稽噺。

上がる=興行の成功につながるので、縁起を担いで前座や二ツ目がやることも多いネタですが、それを新宿の披露興行初日の序盤に、大師匠や兄弟子の前途を祝すかのように出した金也師匠を見て、なんだかいい一門だなと感じました。同じ日、ひざ前(主任・トリの前に出る色物さん=ひざ=の前の出番)に登場した柳家権太楼師匠が「つる」をかけたのも、恐らくは新しい金馬の前途を祝う気持ちの表れだったのでしょう。

ほかによく出るのが、狸や狐が出てくる噺です。化ける=興行が化ける=大入りになる=という願いを込めて、狸がお札に化けたり(狸札)、狸が鯉に化ける(狸鯉)ようなネタがかかります。

池袋演芸場11月中席の柳家小満ん師匠の芝居の初日。仲入り前に出てきた正蔵師匠が、そんなことを話しながら入ったネタが「紋三郎稲荷」という狐が出てくる噺でした。

紋三郎稲荷(笠間神社)のある笠間から江戸に向かう旅人を乗せた駕籠屋が、旅人のあまりの気前の良さに、お稲荷様の眷属(けんぞく)、つまりお狐様を乗せたと思い込み、それがきっかけになり松戸の宿屋で騒動が起こるというもので、水戸街道沿いの地名がいろいろ出てくる東京には珍しいタイプの落語です。

仲入り休憩後のクイツキに出てきた柳家わさび師匠がかけた「ぞろぞろ」というネタも、やはり縁起を担いだものだったのでしょう。

流行らない茶店の親父が、ヒマに任せて近所のお稲荷様に願をかけると、売れ残りの草鞋(わらじ)が売れます。「やれご利益があった」と喜んでいたら、次々に草鞋を求めて客がくる。天井からぶら下げた草鞋を取ると、新しい草鞋が天井からぞろぞろっと現れるから「ぞろぞろ」。神様のご利益が見えるところに縁起の良さがあり、柳家小満ん師匠の孫弟子として、興行の成功を願う気持ちを一席に込めたのでしょう。

泥棒が出てくる落語も、お客様を盗り込む(大入りになる)、おあし(お金)を取り込むという意味で、寄席の世界では縁起がいいネタだといわれているようです。新米の追いはぎが闇夜に立ち往生する「鈴ヶ森」、人がいる家に空き巣に入ってしまう「間抜け泥」、なまけ者が何も盗られていないのに大騒ぎする「花色木綿」など、泥棒ネタのバリエーションは豊かです。

そのほか、松さん、竹さん、梅さんの3人が、婚礼の日に余興を頼まれる「松竹梅」、不釣り合いな男女が夫婦になる「たらちね」なども、縁起は良さそうですね。

比較的シンプルな内容の噺が多いので、爆発的な笑いはないかもしれませんが、それでも何かしらの願いを込めてこういうネタを出すのが寄席の一つの風情なのだということを知っておくと、味わいが増すような気がします。

余談になりますが、落語「紋三郎稲荷」や浪曲「紋三郎の秀」の舞台となる茨城県の笠間ですが、現地で紋三郎稲荷といっても誰も知りません。笠間藩主だった牧野家が幕末の江戸に勧進した笠間稲荷の別社が日本橋浜町の明治座の近くにあり、中央区神社案内によれば、この別社が紋三郎稲荷の名で親しまれていたようです。江戸時代から毎年、笠間神社に参拝していたグループが「紋三郎講」を名乗っていたことから(恐らくリーダーは紋三郎さん)、別社にこの名が残ったのでしょう。

ちなみに笠間は、陶器などの焼き物でも有名な町で、江戸時代の初めに播州赤穂に移る前の浅野家の領地でもあったことから、『忠臣蔵』でおなじみの大石内蔵助の祖父・曽祖父が住んでいた屋敷跡なども笠間城近くに残っています。

上がったり化けたり | 中村伸の寄席通信

新宿末廣亭の襲名披露興行の賑わい

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。