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中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第21回
寄席で講談を聞く

早いもので、今年も年の瀬。「芝浜」「富久(とみきゅう)」「御慶(ぎょけい)」「掛取り」「にらみ返し」といった、この時期ならではのネタが寄席でかかる季節になってきました。

忙しい時期なので寄席に来る人なんかいないと思う方もいるでしょうが、じつはいい顔付けの番組も多く、寄席や落語会はけっこう賑わいます。

さて、そんな寄席ファンの間ではお馴染みですが、ここ数年、落語の寄席での講談の比率がぐんと高まっています。神田伯山先生の台頭がその大きな理由でしょう。そのほか、いろいろなことが重なって不安要素が多い世の中にあって、情あり、義侠心ありの心を揺さぶるような話が聞きたいというニーズが高まっていることも、その理由の一つかもしれません。講談や浪曲には、そうした味わいのある読み物(講談の世界ではネタのことをこう呼びます)やネタが多いのです。

もう終わってしまったのですが、11月下席の新宿末廣亭では、人間国宝でもある神田松鯉(しょうり)先生が主任をつとめ、毎晩ネタ出しで赤穂義士伝を読み、連日、2階席まで開くほどの大入りでした。一門の伯山先生や神田阿久鯉(あぐり)先生、若手や中堅の勢いのある落語の師匠方や、ねずっち、ザ・ニュースペーパーのような時事ネタを扱う色物の先生方も登場し、バラエティーに富んだお祭りのような「芝居」でした。

10年前に亡くなった立川談志師匠が「落語は人間の業の肯定だ」、つまり人間の弱さやズルさに焦点を当てたものだと言いましたが、講談はその逆。強きをくじき弱きを助け、情け深い人物を描いた読み物が多いのが特長です。

落語の寄席は基本的には楽しむための場ですから、落語や漫才の合間にはさまっても違和感なく楽しめるような、笑いの多い話、情感のある読み物、切った張ったのスリリングな場面が盛り込まれた読み物などが出てきます。寄席の講談は、講談という芸の魅力を知る入門編としてぴったりなのです。面白いと感じたら、講談の会にも行ってみればいい。

12月中席(11~20日)、新宿末廣亭の夜の部は人気の神田伯山先生が主任をつとめます。仲入り休憩前には、師匠でもある人間国宝の神田松鯉先生、その何組か前には神田阿久鯉先生も登場。12月14日はちょうど赤穂義士の吉良邸討ち入りの日なので、どなたかが義士伝を読むのでしょう。落語や色物の出演者も魅力的で、お祭りのような賑わいになりそうです。

池袋演芸場の夜の部では、神田陽子先生、神田紅先生、神田紫先生ら女性講談師の第一人者が交互で主任をつとめます。二ツ目の出番もお弟子さんがつとめ、新作講談が得意な神田蘭先生も出演。日本講談協会と落語芸術協会に所属する講談師が、新宿と池袋に分かれてバトルを繰り広げるかっこうです。

一方、12月下席(21~26日)の上野鈴本演芸場では、こちらもすっかり年末の恒例行事になった「暮れの鈴本琴調六夜」が開催されます。落語協会の寄席で講談を読み続けてきた宝井琴調(きんちょう)先生が主任をつとめ、神田春陽、神田山緑(さんりょく)、田辺銀冶(ぎんや)、宝井琴鶴(きんかく)ら講談協会の若手真打の先生方が日替わりで仲入り休憩前に出演。二ツ目の出番にも楽しみな若手講談師が顔を揃えます。さらに春風亭一之輔、林家きく麿、桃月庵白酒ら落語の師匠方も登場。ジャグリングのストレート松浦先生、紙切りの林家正楽師匠らが名人芸を見せてくれます。琴調先生は「五貫裁き」「明月若松城」「徂徠豆腐(そらいどうふ)」「髪結新三(かみゆいしんざ)」などの読み物をネタ出ししていて、どれも面白いのですが、24日(金)に予定されている「富くじ千両当たり」が、同じ富くじが出てくる落語の演目とは味わいがまったく異なり、いちど聞いておいて損はありません。

この年末、どこかでぜひ寄席の講談に触れてみてください。

寄席で講談を聞く | 中村伸の寄席通信

神田松鯉先生が主任をつとめた11月下席新宿末廣亭のマネキ(下)やランマ(上)などの看板。新宿ではこのほかに、木戸口の脇に主任の名を描いた大看板や幟(のぼり)が立つ。

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。