三賢社

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Buatsui Soup | コリン・ジョイスのブログ

それでも、心配ないからね……?

2016.05.04

持ち主のわからない荷物が空港に放置されているのは、油断と、緩慢な安全対策の表れだというぼくの以前のブログを読んで、考えすぎだと思った人がいるかもしれない。

もちろん、ぼくだって、放置されている荷物の99%(あるいはそれ以上)が、単に放置されている荷物でしかないことは理解している。けれども、ぼくが言いたいのは、そういう思い込みがテロリストにつけいるすきを与えてしまうということだ。

いつも決まった展開があるのだ。地下鉄サリン事件が起きた直後には、こんな出来事があった。日本中が最高の厳戒態勢にあるはずのそのとき、ぼくは埼京線に乗って新宿(当時は終点だった)で降りたのだが、車内にビニール袋があり、中に何か入っているのがわかった。ホームにいたJRの駅員にそのことを伝えたのだけれど、彼はなんと……ビニール袋に近づき、それを拾い上げ、袋を開けて、中をのぞきこんだ。ぼくが、たった90センチのところにいるというのに。

またべつのときだが(2014年ごろ)、地下鉄銀座線に乗ると、すぐにドアが閉まった。珍しいことに、ぼくが乗った車両にはほんの数人の乗客しかおらず、端ともう一方の端に座っていた。もっと珍しいことに、ぼくの正面には、何かが詰め込まれた大きなリュックが置かれていた。

これほど大きなリュックを背負って家を出た人が、出先で新しく買ったものを電車の荷台に置き忘れるみたいに「忘れる」ことは考えにくいと、ぼくは思った。とても疑わしい荷物だった。

次の駅に着くまでの時間が恐ろしいほど長く感じられた。駅に着くと、ぼくは電車を飛び出し、ホームにいた駅員をつかまえて、見たばかりのことを話しはじめた。駅員は「うるさいな」という感じで、ぼくのことを無視した。ぼくはさらに話を続けたのだが、駅員はホームで何かの機械をいじることに「忙しい」ようだった。

ぼくは駅員に、あそこをチェックしたほうがいいと指を差して言ったのだが、彼はホームを行ったり来たりして、べつの電車を出発させる手はずを整えていた。そのあいだに、大きなリュックを乗せた電車は駅をあとにした。

ぼくがようやくその駅員に、大きなリュックがあって、そこには爆弾が入っていてもおかしくないと伝えると、彼はぼくのことを、頭がおかしいのかという感じで見た。駅を出るとき事務所にいた人にも話したら、彼は「申し訳ありません」と、おざなりな感じで答えた。「大きなリュックですか? いま出た電車ですか? どの車両だったか覚えていますか? 次の駅に連絡します……」とは言わなかった。

ぼくの言っていることに関心を払ってもらうには、その荷物から電線が飛び出していたり、時を刻む音がちゃんと聞こえたりしないとだめなのだと思う。

またべつのときだが(2007年)、白状すると、ぼくは成田空港で小さなカッターナイフを持ったままセキュリティチェックを通り抜けてしまったことがある(着ていたジャケットのポケットに入っていたのだが、そんなところにあることさえ忘れていたポケットだった)。

車内の安全対策を強化しているという放送を耳にしたり、テレビで駅から避難する訓練やロボットが手荷物を調べたりする映像を見るたびに、ぼくは「本気」じゃないなと思ってしまう。これは、人々に「大丈夫ですよ」というためだけのものなのだ。大丈夫ではなくなる日まで。

連載
コリン・ジョイス Colin Joyce
コリン・ジョイス
Colin Joyce

1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、高校の英語教師、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。07年に渡米し、10年帰国。著書に『「ニッポン社会」入門』、『「アメリカ社会」入門』、『「イギリス社会」入門』、『驚きの英国史』など。最新刊は、『新「ニッポン社会」入門〜英国人、日本で再び発見する』(小社刊)。