三賢社

— Web連載 —

高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第3回
日本海のカツオは迷子なのか?

2023.4.06

2023年3月、数日にわたって鹿児島県いちき串木野市からカツオがやってきていた。2月、3月は比較的安いときで、しかも2キロ上とあまりに小さい(カツオは3キロから4キロが平均サイズで2キロ台は小振りだ)ので1本買いをする。これが今年初の1本買いである。

いちき串木野市は東シナ海に面しているが、ここから出漁する船が操業するのは太平洋大隅諸島周辺だ。台湾、沖縄周辺で生まれたカツオは徐々に成長しながら暖流にのって屋久島、種子島などの大隅諸島周辺にたどり着く。北上して左にいけば東シナ海・日本海へ向かい、右に行けば太平洋にと分かれる。その群れの中の1個体だと思う。

いまだに<目には青葉山ほととぎす初鰹>などと江戸時代の俳句を持ち出す人がいるが、初鰹という言語自体が消滅してしまっている。ほんの20数年前、20世紀末の1月、2月には宮崎県や静岡県御前崎から少ないながら入荷してきていた。これが新年の初鰹だった。今や明らかに温暖化のせいで千葉県勝浦からも高知県からも真冬のカツオが来るし、沖縄県、鹿児島県のように年がら年中揚がる地域もある。

ちなみに、だれでも知っている魚のひとつであるカツオは決して高い魚ではなかった。なぜか。足の速い魚だからだ。料理店などが仕入れたとする。マダイは鮮度がよければ刺身で1週間は客に出せる。カツオは仕入れ当日か翌日が生食の限度で、後はまかないになりかねない。

それでも「高級魚」のイメージがあるのは、江戸時代の「女房質に入れても(今は逆の方が多い)」初物買いに小判六枚というエピソードが繰り返し語られるためだ。わざわざいちばん高い初夏(現在の5月)の初鰹を大枚はたいて買うのは江戸っ子だけ。ましてやいかに早便で江戸に来たからといって、氷すらない時代、食中毒の危険が大いにあるわけで、危険承知の初鰹だったのだ。

江戸時代から高度成長期にかけては魚全般が贅沢なものだった。それでも時季を外せば庶民がおかずにすることができるくらいの値段にはなった。高度成長期になると巻き網などでとったカツオが市場に大量に出回るようになる。煮つけや焼き物などが、食堂などで普通に食べられる庶民の味方的な魚になったのだ。

昔は、紀伊半島や伊豆周辺、外房などの「日戻り船」がとった鮮度が極端にいいものだけが生食用だったが、21世紀になると輸送技術の発達で近海のカツオは主に生で食べるためのものとなる。また冷凍カツオも生食用として参入してくる。これで生食用カツオの値段は二分化する。

高くなったカツオの中に、特に高いカツオが登場し始める。釣りもので、大型で脂がのった上物と言われるものだ。細長いカツオ用の発泡に1本入りでやってくる。その年によって変わるが、高級魚の壁であるキロあたり3000円(豊漁の年は2000円くらい)を超える。そしてそれ以上の、超高級カツオが存在するのである。太平洋の「戻りガツオ」と日本海の「迷いガツオ」だ。

「迷いガツオ」は珍しいこともあり、実際の価値以上に価格が跳ね上がった。春のカツオは比較的安く、秋のカツオは高い。昨年(2022年)の最高値は知らないが、冬の富山湾などの「迷いガツオ」は異常な値をつける。今年こそはその最高値に手を出したいと思っているが、どうなることやら。

さて3月、鹿児島県で揚がった2キロ上は成長しながら北上し、東シナ海から対馬周辺に達する。このあたりで夏から秋に揚がれば高値がつくが、まだ買える範囲内だ。立冬をすぎると大型の4キロ上は1尾で2万円近くになる。

だから今、「迷いガツオ」は高級料理店、高級すし店だけのものだ。ちなみに昨年実際に買った最高値は島根県産(話では)4キロの半身で8000円だった。土曜日で「安く買えたね」と言われたが、半身を目の前にして踏ん切りがつかず迷った末の買い、だ。念のために島根県人に問い合わせてみた。「あなたは島根県産カツオを見た事がありますか?」 みな見た事がないと言う。とれても関東に送られているのかも知れぬ。

ついでに庶民派のすし職人に食べさせてみた。「うまいけど買える限度の2倍で、2倍うまいとは思わない」と言う。庶民派はある意味、良識派だ。なのに、感想を聞いただけで2分の1の半分、4分の1を勝手に持っていくとはけしからん。

さて、今年3月の小カツオの話にもどす。魚屋で下ろしているのを見て、おかしいと感じたのは、中落ちを手でつぶしている近所のすし職人の指の動きが重そうだったからだ。下ろしてみるととても春のカツオとは思えないほどの脂ののりで、春ものとはとても思えないくらいの味だった。

ちなみに山陰、北陸で「かつお」というとヒラソウダという魚のことだった。希にとれるカツオは「まんだら」と呼ばれた。しかし今では珍しくなくなり、単にカツオでよくなっている。「迷いガツオ」という呼び名が2017年頃に誕生したとき、すでに日本海のカツオの漁獲量は迷子といえないくらいに増えていたはずだ。数が揃わないと高級魚たりえないからだ。しかし「迷いガツオ」の「迷い」がとれる日は、いかに漁獲量が増えても、商品名と化してしまっているので、まず来ないと思う。それでもはっきり言っておきたい、もうとっくの昔に日本海のカツオは迷っていない。

カツオの刺身 | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「カツオのあぶりと刺身」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。