三賢社

— Web連載 —

高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第4回
ヒラスズキは暖流育ち

2023.5.11

ヒラスズキとスズキは、親戚というよりも兄弟といった近しい関係にある。スズキは古くからの高級魚で知名度が高いはずの魚だが、冠婚葬祭に使われるわけでもないので、今ではそれほど人に知られた魚とは言いがたい。

ましてやヒラスズキは、一般的な知名度はゼロに近いのではないか。明らかに流通のプロと一部の魚通と言われる人のみぞ知るといった魚である。

昔ながらの高級魚であるタイ(マダイ)やヒラメが養殖ものなどのお陰で回転ずしでも気軽に食べられるのに対して、ヒラスズキは一度だけ鹿児島市の回転ずしで見ているが、皿の色も金色とか銀色(高い値段の皿)でかなりのお値段だった記憶がある。今現在、マダイやヒラメは準大衆魚で、ヒラスズキは正真正銘の高級魚だ。

江戸時代から川スズキと、海スズキとは違う種であると思われていた。その海スズキが本種だ。

内湾や淡水の影響のある海域に多い川スズキは、文献的にも古くから登場している。平安時代、伊勢平氏である平清盛が伊勢から熊野までの航海の途中、飛び込んできたのも川スズキ、標準和名のスズキである。冷蔵庫のない時代にも、例えば繁栄した堺(現大阪府)で、また江戸時代の江戸の町で生きたまま流通できたので、夏の高級魚として特別な存在だった。

暖流洗う外洋性の海スズキは、江戸時代の文献には川スズキよりもまずいとしか記されていない。江戸の町からは本州の産地が遠く、畿内では産地が紀伊半島、四国なので生きたまま消費地に運べなかったためだ。

魚類学的には、長年スズキ科の2種は曖昧な存在だった。別種だという結論が出るのは1957年、魚類学者の片山正夫の論文を待たなければならなかった。これによって初めてヒラスズキという標準和名がつく。名前がないので、長い間曖昧な存在でしかなかったのだ。これ以後は国内にいるスズキ科の魚はスズキとヒラスズキの2種となる。

ちなみにスズキとヒラスズキは別々に見ると似ているが、並べて見れば似ても似つかないといった姿をしている。一般人はともかく、どうして魚類学的に別種にならなかったのかは、スズキの記載が1828年でキュビエ(フランスの博物学者で、分類学界の巨人の1人)と古く、タイプ標本(この標本と比べないと別種という証明が出来ない)での見極めが難しかったためだと思われる。

2000年くらいまで、築地を始め関東の市場では認知度が低かったと思っている。2010年くらいから急激に入荷が増えた。めったに入荷しない魚なので、築地などで見つけると必ず値段を聞き、財布の中身と相談しながら買ったものだ。それが今では探さなくても通年普通に並んでいる。

スズキは昔から東北にもいたし、当たり前だけど関東なども産地のひとつだった。対するにヒラスズキはより温暖な海域を好む。昔、伊豆半島以東にヒラスズキはほとんどいなかったと思っている。駿河湾以西にいたものが、明らかに海の温暖化で相模湾でも水揚げをみるようになり、今や千葉県外房でも揚がる。明らかに全国的に水揚げが増えているようなのだ。

2023年4月、5月と豊洲市場と八王子の地元市場でヒラスズキを買う。片や大分県産(仲卸で聞く)、片や長崎県壱岐産である。

豊洲市場の方はうんと高くて、2キロ弱で8000円くらい、八王子で買った長崎県産は比較的安く、1キロで3000円ほどである。ちなみに近年魚の高騰が続いているが、「安定的にキロあたり2000円以上が高級魚」という基準は変わらない。ということは2個体とも高級魚そのものだ。

ヒラスズキは大きくなると5キロ、7キロくらいにもなる。普通、大型になる魚は大きいほど高く、例えば1キロ以上にならなければ値を上げないのが普通だが、本種に限っては0.5キロ前後から高い。

刺身は圧倒的に前者の大型の方がうまかった。脂が身に混在しているだけではなく皮下に薄らと層ができていた。ただし後者の1キロ上も比べさえしなければ素晴らしい味だったのだ。刺身で驚いている場合ではなかった。なんと言っても値千金なのが塩焼きのうまさである。1キロ上はすべて塩焼きにしてもいい、と思ったくらいうまかった。

スズキが夏の魚なのに対してヒラスズキは寒い時季、秋から冬にかけて旬だとされている。でも昨年夏に買った個体も、驚くほどうまかったのだ。こうなると夏のスズキよりもヒラスズキ、年がら年中ヒラスズキなのかも知れない。

うまいから高いのは当たり前でしょ、と思う人が多いのではないか。実は違うのである。魚はうまいだけでは値段を上げない。値段はそこに時間というものが加味されるのだ。例えば味だけなら脂ののったイワシ(マイワシ)とおっつかっつだと思っている。でもイワシは刺身で1日だけの魚である。ヒラスズキは最低でも4〜5日、仕立て方(魚を殺して出荷するまでの扱い)がいいと、1週間以上刺身で食べられる。最近では、最初から熟成魚になり得る仕立てでの出荷も増えている。料理店では熟成度を見ながら半月以上客に提供できたりもする。

その上、内湾や汽水域にいるスズキはどことなく泥臭く(もちろんそこがいいのだけど)、上等な感じがしないのに対して、タイ(マダイ)やヒラメ以上に上品な見た目と味なのである。

本種の場合、昔は寒い時季に値が高騰した。これが年間を通して高値で安定し始めているのは旬が曖昧で年間を通して味が落ちないためだ。産卵期は秋から春と長く、昔から、一部の人の間では旬がはっきりしない魚だということはわかっていた。その旬の曖昧さがわかる人が急激に増えたのではないか? だから通年安定して高い。

このように絶対的な高級魚となった要因も、海の温暖化で生息域が北に広がるとともに水揚げ量が増えたためだ。

ヒラスズキの塩焼き | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「ヒラスズキの塩焼き」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。