三賢社

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高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第14回
名前がわかったら高値がついた、ヨコヅナマルコバン

ヨコヅナマルコバン | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚

2025.7.3

正体不明(名のない)の魚には値段がつかないが、標準和名(名前)がつくといきなり超高級魚になることがある、という話をしたい。

魚類学者は、正体不明の魚にはわくわくするものだが、値をつける人達(流通業の)にとっては値をつけられない困った存在でしかない。今回の主役には最近やっと名前がついた。しかも値をつける人達にとって、その標準和名はこれ以上ないくらいに「売れそうな名」なのである。

国内のアジ科でいちばん高値がつくのは、シマアジである。アジ科の魚の頂点といっても間違いではない。ただ、ほとんど世界中の温帯域に生息しているので、世界的にも評価が高いだろう、というとそんなことはない。アジ科の魚は非常に種が多いが、シマアジは日本だけのローカルなスターであって、世界的に見ると、影の薄い存在でしかないのだ。

世界的なアジ科のスターは、むしろコバンアジの仲間(スズキ目アジ科コバンアジ亜科コバンアジ属)だ。主に熱帯域のサンゴ礁などに生息している。

日本列島に生息しているコバンアジの仲間はコバンアジ、マルコバン、コガネマルコバンの3種だった。ここにヨコヅナマルコバンという国内新発見の種が登場する。

古くから見られたのは幅の狭い小判型をしているコバンアジだ。これは、そんなに大きくならないので、高級魚とはいえない。

そこに登場してきたのがマルコバンである。本来熱帯域の魚だが、温暖化の影響で国内でも増えているが、ほんの10年ほど前までは誰も知らなかった。それが今では、見つかったら高値がつくこと間違いなしなのである。

3番目のコバンアジの仲間はコガネマルコバンである。こちらはいまだにほとんど発見されていない幻の魚で、見つかっても博物館が待っているといった存在でしかない。要するに事実上国内では見つかっていないに等しい魚なのである。

4番目が今回のヨコヅナマルコバンである。横綱のように大きくなるマルコバンに似た魚、という意味で、全長1メートル以上になるという説もある。

2019年に名前がついたばかりで、それまではだれも知らなかった。知らなかったのには理由が2つあると思っている。

まず、昔は日本列島の海水温が低くて国内海域まで北上できなかったから。そして、国内海域にいるのかいないのかわからない、コガネマルコバンにそっくりだからだ。この正体不明の曖昧な種がいなければ、もっと早く名前がついていた気がする。

門外漢だから言えることだけど、国内にいるコバンアジの仲間はコバンアジ、マルコバン、ヨコヅナマルコバンの3種だと思っている。

2024年秋に初めて送られて来た日には、念のために解剖までして、ヨコヅナマルコバンだと確かめた。浮き足立つほど嬉しかった。

と、ここまではよかったが、翌日も熊本県で見つかり、しかも1尾、2尾ではなかった。その上、同年12月にも揚がって、我が家にまたやって来た。その前年には、長崎県の中学生が魚のあら煮を食べているときに、骨格を見てヨコヅナマルコバンに気づいたなどというニュースまで流れている。

名前がついた途端に九州各地でたくさん見つかっている。それまでにも水揚げされていたはずだが、「名前のわからない雑魚」として処理されていたのだ。熊本県の魚屋さんに、「本当に珍しいんですか」と聞かれて、「そんなに珍しくないですね」と言っておいた。

事ほど左様に名前があるのとないのとでは大違いなのである。

さて、はじめに世界的に見るとアジ科のスーパースターはコバンアジの仲間だと述べた。人気があるのはなぜか。当たり前だけどおいしいからだ。実際、マルコバンは水揚げ量が少ないので、東南アジアでは養殖が行われている。

ヨコヅナマルコバンはマルコバン以上に味がいいと言う人もいる。確かに2024年に鹿児島、熊本で水揚げされた個体は非常に脂が乗っていて、あまりにもおいしいのでビックリした。同日に揚がった個体を食べた鹿児島県の市場人までもが、味にびっくりして電話をかけてきたくらいである。

アジ科の魚というよりもマナガツオに近い身質で、刺身はマナガツオ以上に美しい。今やマナガツオは大型ともなると超高級魚で、とても手が出ない存在となっているが、それ以上の評価がひろまりつつあるのだ。

2024年熊本県から正体不明の魚としてただ同然で来たものが、ほぼ同日、鹿児島県ではヨコヅナマルコバンとして高値で取引されていた。

今や水産業も情報の時代となっている。

昔、マイナー魚は見向きもされないから、値のつかない存在だった。それが今やマイナー魚こそはスーパースター、超高級魚予備軍となっているのだ。

2025年の秋から冬にかけて、また欲しいと思って注文するといくらするのだろう。とても手の届かない魚となっているはず。また高嶺の花を作ってしまった気がする。

ヨコヅナマルコバンの刺身 | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「ヨコヅナマルコバンの刺身」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。