三賢社

— Web連載 —

高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第7回
美しすぎる新高級魚、シマアオダイ

2023.09.25

今や「鯛や平目の舞い踊り」のタイ(科)やヒラメ(科)は知らなくても、フエダイ科の魚たちのことを知らなくては魚通とは言えない、そんな時代になっているということから始めたい。

フエダイ科の魚は熱帯に多く、本州、四国、九州などの温帯域にはほとんどいなかった。2000年以前は、まだ海の温暖化どころか水産物も旧態依然としていた。フエダイ科の魚がちらほら流通していたのは沖縄県と鹿児島県、高知県、紀伊半島の南端にある和歌山県串本くらいで、ここに東京都も入るのは島嶼部(伊豆諸島、小笠原諸島)があるからだ。特に小笠原は琉球列島と同じくらい南にある。

だから、東京都をはじめ関東周辺の市場群は比較的熱帯域の魚に慣れていた。問題は量だった。しかし、このところ種類もそうだが、市場で目立つくらいに入荷量が増えている。ただし、もともと取扱量の少ない高級魚の入荷量が増えても、普通の人には感じることができないだろう。

シマアオダイはフエダイ科の中でも、もっとも味のいいとされているアオダイ属の魚である。生息域は広く伊豆諸島以南、西太平洋の南半球までに及ぶ。

アオダイ属の魚はすべて超がつくほどの高値をつける。珍魚であるヨゴレアオダイ、ヤンバルシマアオダイをのぞき、比較的一般的な流通魚はアオダイ、ウメイロ、本種の3種だ。本種はこの3種の中でももっとも大型で、味の評価でも群を抜いた存在である。

水深100メートルよりも深場にいて、主に釣りで漁獲されている。この深さでは深海魚とは呼べないがそれに準じる深さで、釣りの世界では中深場などという。この水深にはフエダイ科のハマダイ、ハチジョウアカムツ、ハチビキ科のハチビキもいて、総て高級魚だ。ちなみにこの深場のフエダイ科の釣り漁は南半球でも人気があり、西太平洋で広く行われているようである。

シマアオダイを初めて手に入れたのは2004年、和歌山県串本から来たものだった。魚屋が「教えてくんないかな、アオダイ(2000年以前からの高級魚)じゃないよね。ウメイロ(こちらもアオダイと同じように高級魚としての歴史は古い)って書いてるけど違うよな」と聞いてきた。

荷(魚を入れた発泡スチロールの箱)を見て、ビックリした。当時、本種は珍魚そのものだったからだ。当然、その場で数個体確保した記憶がある。ちなみに2000年から2010年にかけて熱帯に多いフエダイ科、フエフキダイ科が急激に増えだしている。それなのに仕入れ先の東京都大田市場ですら、だれも本種のことを知っているという人はいなかったのだ。次に手に入れたのは、沖縄県那覇市泊漁港産だった。次いで鹿児島県産と毎年のように手に入れているが、今や豊洲市場では珍しいとは言えなくなってきている。東京都伊豆諸島での水揚げも増え、江戸前の魚の仲間入りをしたかのようである。

余談になるが、江戸時代初めの江戸前というと大川(隅田川)の河口域、猟師町のあたりでとれたウナギなどの魚を指した。これが、猟師町だけでは江戸っ子の需要を満たせなくなり、西は羽田、大森、東は大川を越えて大島、小松川、果ては上総までもが江戸前となる。そして明治・大正・昭和となり、東京湾周辺が埋め立てられて汚染が進み、江戸前で上がる魚はわずかなものに。と同時に大正時代頃の動力船の普及によって外房、伊豆半島、伊豆諸島からも盛んに魚が来るようになる。江戸前の拡大である。

1968年に小笠原が返還されると、江戸前はもっと遙かに広大になる。そこに温暖化で亜熱帯域のまったく未知の魚たちがやってくる。東京湾という温帯域の狭い海域に相模湾伊豆諸島域が加わり、小笠原の魚たちもやってくるようになって、江戸前の魚に亜熱帯・熱帯系の魚が大量に仲間入りしたのだ。東京都民は、今現在の江戸前がいかに広い海域であるかをちゃんと知っておくべきである。

今年9月になり、鹿児島魚市場に大量のシマアオダイが揚がっていた。今年は魚全般の水揚げが少なく、シマアオダイのように水揚げ時でも高値がつく魚は、普段以上の高値で競り落とされている。少ないと高値が恐くて頼めないでいたのだが、久しぶりのまとまった漁に1尾だけ競り落としてもらったら、そんなにあまいものではなかった。2キロ弱なのに8000円もしたのだ。ちなみに競ってくれた会社に手数料は払っているものの、ほぼ水揚げ時の値段である。「一体、どこまで高くなるのだろう」と買受人(競り落としてくれた方)に聞くと、予想がつきませんという。

釣り上げた時点で活け締めにして、翌朝競り場に並び、競り落とした翌日には我が家に到着している。シマアオダイの味はいまさら語っても仕方がない気がするが、明らかに刺身用の魚なので、まずは刺身にして食べてみる。

新しすぎるのか、うま味自体はそれほど豊かではないが、マダイ以上に味があり、食感もよかった。ビックリしたのは、この個体の味のピークが釣り上げて7日目だったことだ。魚の熟成技術を持っていたらもっと味のピークは遅いのかも知れないが、5日間最上級の刺身が味わえたことになる。

ちなみに6日目、7日目と知り合いのすし職人にも味わってもらった。すし種としては7日目がいちばんだと言う。つけてもらったら、刺身の倍うまいのである。このあたり昨今の熟成魚ブームもあって、高値がついているのだと思う。

今回の課題は、マダイ同様に焼き物、煮物など多様な料理にして食べてみることだった。国産ではなく、ブータンの松茸で作った「ちり」など名状しがたい味であった。

マダイと同じように、どのような料理にも使え、マダイのように産地による味の極端な差がなく、比較的年間を通して安定している。申し分のない魚だが、競り値の高止まりが続きそうで恐い。

シマアオダイ(釣り上げて7日目)の刺身 | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「シマアオダイ(釣り上げて7日目)の刺身」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。