三賢社

— Web連載 —

高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第6回
ご当地アイドルが全国区になった、スマ

2023.09.12

昨年10月から始めた1年を通してのスマ買いは、2023年8月31日の1個体で、とりあえず暫し中断。結果、スマの大型の脂がもっとものるのは4月後半から8月初旬くらいまでだ。「春のスマは億マグロ以上にうまい」という人がいたが、決して大げさな話ではないということもわかった。

8月も下旬になると不安定になり、9月の個体は生殖巣が大きくなりすぎて脂が抜け始める。面白いもので、肉食魚なので産卵後の回復が早く、また産卵期に地域差があるために9月でも身に張りがあって脂もそこそこという上物が手に入る。このあたりの状況が、意外に本種の旬の見極めを難しくしている。生殖巣が明らかに膨らんだ個体でも、1キロあたり2000円以下にはならなかった。カツオと比べると遙かに安定的な高級魚であることもわかった。

今回の試みでは、鹿児島県や和歌山県から送ってもらったものもあるが、ほぼ関東の市場で手に入れることができた。これも重要なことなのだ。

今現在、スマはサバ科の魚だが、1938年以前にはカツオ科だった。ときどき「すまがつお」と呼ばれるのはカツオ科だったためだ。カツオ同様回遊魚だが、カツオほど大きな回遊をせず、群れが小さい。

ちなみに古くからの赤身はこの旧カツオ科(カツオ、スマ、ヒラソウダ、マルソウダ)と旧マグロ科(クロマグロ、キハダマグロ、メバチマグロ、ビンナガマグロ)のこと(以下、これをカツオマグロ類としたい)。中でも全国的な流通にのっていたのはカツオとマグロ類だけだった。また旧カツオ科のマルソウダは「めじか節(そうだ節)」の原材料として重要であったが、鮮魚のスマと、こちらもじわじわと値を上げはじめているヒラソウダは非常にマイナーな存在だった。

近年の魚の高騰からして、9月初めのキロあたり2000円は安いではないか? と思われるかも知れない。ただ、カツオマグロ類は大物(50キロ以上)以外は白身と比べると格段に安いのだ。なぜならば、マグロなどの大型はとって冷やしこむと、寝かせることができる。保存性が高いのだ。対して10キロ以下の赤身は2日ほどしか刺身に出来ない。だから赤身の値段を白身と比べるときは1.5倍、もしくは2倍して考えろ、と言う。

2000年くらいまで漁業的な意味での生息域は伊豆半島・外房以南で、比較的水温の低い相模湾北部・東京湾にはほとんどいなかった。図鑑片手にときどき見に行っていた築地では、知らない魚があれば買ってみるということを繰り返していたが、見た憶えがない。

1980年代、おんぼろシビックの旅で紀伊半島串本近くの漁港にたどり着いた。そこで、漁師さんの昼酒の肴をいただいたことがある。これがボクのもっとも早いスマ体験のひとつである。これまた図鑑片手の旅だったので、その「やいと」という魚がスマであることがわかって喜んでいたら、土産に1本持っていけと言われた。要するにとれても安い魚というか、流通には乗らない、産地周辺だけのスター(魚)だったようなのだ。同じようなことが、伊豆半島先端の下田、高知県でもあった。

スマをだれが標準和名として採用したのかわからない。「すま」は東京や高知での呼び名だとされているが(標準和名は、日常使われていた呼び名から選ばれるのが基本)、同時に日本各地でヒラソウダの呼び名としても使われており、混乱が起きている。この混乱の多いスマという標準和名にした犯人は不明である。今でも本種のことがわかりにくいという流通のプロがいるが、原因はスマという標準和名にある。これで本種の認知が遅れたと考えている。

慶応3(1867)年生まれ、国内でもっとも早く西欧的な動物学を学んだ岸上鎌吉は「やいと」としている。胸鰭の下に灸(やいと)の痕を思わせる黒い斑紋があるためで、本種の特徴をよく表している。標準和名を「やいと」にしておけば、混乱は避けられた。

今や漁業者のみならず、流通のプロからも最高の評価を得ているスマが全国的なスターになるのは、2020年前後まで待つ必要があった。とてもおいしい魚なのに地域的な魚にとどまっていたのは、国内での水揚げが上記のカツオマグロ類の中でも、もっとも少なかったためだ。何度も繰り返すようだが、漁獲量が少ない魚は流通上安定的な高級魚にはなり得ない。高級魚になり得たと言うことは漁獲量がそれに見合うだけ増えているためだ。

余談だけれど、スマの養殖が始まっている。世界中が食糧危機に直面しそうなときに、肉食養殖魚の種類を増やしていいのか? 消費者はもっと真面目に考えるべきだと思う。

例えば今や豊洲でも、スマは探すことなく見つかるし、大型は1尾入り(この1箱1尾入りがもっとも魚を傷めない輸送法なのだ)で来ることもある。しかも店頭の目立つところに置かれていたりする。

あくまでも一般人にとっての水産温暖化元年である2010年くらいまで、本州・四国・九州の太平洋側でスマは小型が多かった。やはり温帯域には大型は少なかったのだと思っている。それが明らかに大型化している。その最たるものが鹿児島県であり、長崎県、宮崎県であり、愛媛県、和歌山県、三重県などである。熱帯域・亜熱帯域では1メートル近くになる魚が、国内ではせいぜい全長50センチ前後にしかならなかった。これが変わりつつある。本種も大きい方が味は良く、また値段も高い。

かつては、鮮度落ちの早い魚であるために消費地まで送れなかった。これを解決したのが、漁港での冷海水の設置や新しい氷(スライス氷や塩水氷など)、また輸送時間の短縮である。

ちなみにスマの産地である鹿児島県の魚が非常に値を上げたのは、仕立て(活け締めにしたり、神経を抜いたり、血を抜くなど)がよくなったのもあるが、高値がつく魚を航空便で東京などに送るようになったためだ。朝競りをした魚が、翌朝には東京都豊洲をはじめとした市場に並び、仲卸の店頭を飾る。これは北海道のマイワシ、サンマが高値となったのと同じである。

魚を調べている人間が「スマの刺身やたたきは、うまい、うまい、毎日食べても食べ飽きないし、食べるそばからもっと食べたくなるくらい魅力的」と言っても始まらない。「早く食べないと手の届かない魚になってしまう、ぞ」と町行く人に警告したい。

スマの焼き切り | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「スマの焼き切り」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。