『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。
2025.6.6
2025年、ヒラソウダが、冬から春にかけてぽつりぽつりと小田原魚市場(神奈川県小田原市)に水揚げされていた。昔はこの時季、珍しいくらいだったが、近年は珍しくもなんともなくなっている。定点で見ている鹿児島魚市場(鹿児島県鹿児島市)では、まとまって水揚げをみる日もある。三重県東紀州(尾鷲市・熊野市)でも同じ。
昔、競り場(漁港で魚が並べられているところで、ここで競りをする)にヒラソウダが並ぶことはあまりなく、当たり前だけど前で立ち止まる人は少なかった。小田原や伊豆半島ではお金にならない魚だったと言っていいだろう。
これががらりと変わってきている。水揚げ時にていねいに扱ったもので、1キロを超えると小田原などでは別の意味で立ち止まる人がほとんどいなくなっている。この通り過ぎ方は昔とは違う。こっそり横目で見て知らんぷりを決め込んでいる。立ち止まる人が多いと、注目を浴びて値段が跳ね上がるからだ。
4月半ば、小田原魚市場で買受人(競りに参加する権利を持っている人)に1キロちょうどのヒラソウダがあったので、競り落としをお願いしたら落とせなかった。予想外に高かったのだ。何人かの買受人が、ボクのところに来て、「欲しいのが見え見えでした」と笑う。「こんなに高くちゃ買えねーな」とも言った。
昔は、ほとんどただ同然で、地元で消費するものでしかなかったのが、急激に高騰している。この値段の高騰は買受人の話の種にもなっている。ついでに言えば、一時期、ヒラソウダは大型が少なくなり小型が多かった。それが温暖化のせいとまでは言えないが、ふたたび大型が揚がり始めている。
ヒラソウダには兄弟のような魚がいる。マルソウダである。2種は漁業者や水産業者でなければ区別がつかないだろう。分類的にはスズキ目サバ科でソウダガツオ属の魚で、ともに世界中の比較的浅いところを回遊している。ヒラソウダの方が沿岸域に多く、マルソウダの方が沖合いに多い。日本列島周辺に非常に多く、夏から年末くらいまで、2種ともに大きな群れで高速で泳いでいるのを船からも見ることが出来る。
属名のソウダガツオは、昔、ともにカツオ科の魚であったからだ。カツオそっくりで、泳ぎ方や色も似ている。カツオと同じように鰓蓋が動かせない。呼吸は泳いで海水を口から取り入れ、鰓から噴射することでしている。止まると死ぬ。
大きさはちょうどカツオの半分、体長60センチくらいにしかならない、死んでもカツオのように縦縞は現れない。マルソウダの方がより温かい海域を好み、太平洋やインド洋の熱帯域では重要な食用魚だ。
マルソウダは高値をつけないが需要が高く、商材として重要である。伊豆周辺には今でもマルソウダ専門の買い付け人がいる。「そうだ節(めじか節)」の原料だからだ。「さば節(ゴマサバ)」とともに、節類の中ではカツオ節以上に重要であったりする。
対してヒラソウダは、産地の隠れ味といったものであった。昔、静岡県熱海市で、立派なヒラソウダを漁師さんに頂いた。喜んで押し頂いたら「こいつがうまいことだけはインターネットにのせてくれるな」と言われた。
要するにこれだけは売りたくない、ということだろう。毎日食べても飽きの来ないうまさで、しかも売値が安かったので、漁師も気兼ねなく食べられたのだと思う。ヒラソウダが高級になっていちばん困るのは産地の方達なのだ。隠れ味にスポットライトがあたって、今頃あたふたしているのではないか。
なぜヒラソウダの値段が上昇しているのか。単純明快である。ものすごくうまいからだ。ではなぜ、昔は安かったのか。サバ(マサバ)同様に鮮度落ちが早かったからだ。要するに輸送できないから安かったのだ。それが流通の発達から小田原なら数時間で都内に届く。鹿児島市からでも翌日には航空便で都内に来るのである。非常においしい魚が、鮮度がよい状態で届いたら高値がつくに決まっている。
この高値に拍車をかけているのが、白身魚離れと、背の青い魚を好む傾向である。例えば今、白身のマダイはめったに1キロあたり1万円(1尾2キロだったら、1尾2万円ということ)にはならないが、背の青い魚であるサバ(マサバ)の1キロ1万円は珍しくもなんともない。
食べ方は何はともあれ、刺身である。カツオよりも酸味が穏やかで、しかも強いうま味がある。例えば下りガツオほどには豊かな脂は望めないが、ほどよい脂の乗りと豊かすぎるうま味がある。
ヒラソウダは国内各地の定置網などで、水揚げ時から扱いがていねいになってきているし、荷(流通させるときの箱でもあり、箱に入れることでもある)の作りもよくなってもいる。豊洲市場は国内でいちばん魚価の高いところだが、ぎんぎらぎんなものは、店頭に飾られてもいる。もちろん秋から冬にかけてが、いちばん高値をつけるが、真夏でもそんなに安くはならない。
ヒラソウダは、旧カツオ科ではスマに次いで高級魚化してきている。スマよりも小型ではあるが、流通の発達と、人の嗜好の変化が作り出した新しい高級魚である。それとは別に国内の漁獲量の大幅な減少も、その原因のひとつだろう。
温暖化と漁獲量の減少が結びつくかどうかはわからないが、水産・流通の世界は鵜の目鷹の目で売れる魚を探しているのだ。
徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。